左官職人の橋本結さんが代表を務める橋本左研。信州・上田を拠点に東信から中信エリアまで幅広く左官仕事を請け負って土壁の造作などを中心に活動されている。左官という仕事は、よく街中の建設中の建物の足場などで見かける体中泥まみれになって作業している方をイメージしてもらえるとわかりやすい。きっとそういった建築作業現場などの脇を通った時に一度や二度は目にしたことはあるはずだ。この左官仕事への理解もせずに側から見たその姿は、“現場”仕事でよく世間から言われるように『きつい』『汚い』『危険』の三拍子がもれなく揃った3Kという部類の仕事なのかもしれない。そして完成された土壁の質感が高い技術力を想起させるだけでなく、それを実現するための技を培う時間経過という観点からも歳を重ねた熟達した老体の姿を想像するのかもしれない。
ここ数ヶ月、橋本左研が手がけた仕事を一緒に取材する機会をいただいた。毎回完成された建造物を前にして、これが人の手で一から作られたものだとは到底思えないようなスケール感、そしてディテールの仕上がりの美しさが眼前に広がり、毎回息を呑み、そして舌を巻いた。ある種それは仕事の域を遥かに超えた使命感から生み出された作品とも言い換えることができるのではなかろうか。特に驚嘆したのが、南軽井沢にあるHOTEL CORINTHEだ。異国情緒あふれる南軽井沢のレイクタウンの別荘地にあった古ホテルをリノベーションして営まれているそのホテルの世界観はコンセプチュアルそのもの。中世ヨーロッパの田舎町の丘にポツンと佇んでいるような空気感の建物内外観。そのシンボルともなっている螺旋階段の外壁やファサード、キャンドルの明かりに灯されたアンティーク調の装飾壁、その全てが橋本さんの手の技によって形作られていた。土壁、漆喰といったような粗野で和なイメージを左官に抱いていたので、本当に狐につままれた、そんな心持ちになったのだった。
さて、『artisan』という言葉がある。語源は諸説あるらしいのだが、1530年代、イタリア語のartigiano(アルティジャーノ)から来た言葉で、「あらゆる機械技術に長けた人、手工業者」を意味するそうだ。今世間で馴染みのある同義の言葉だとクラフツマンや職人といったところだろうか。『artisan』の単語を分解すると技術やそれに用いた表現を意味する『art』、そして人を意味する『an』に分けることができる。詰まる所、“技を用いて表現する人”といえる。先にあげたクラフツマンや職人という響きは、何方かと言えば内側に籠りこだわっていく姿が想像できる。しかしこの『artisan』は技を元手に他者と自己を表現を通して繋ぎ、影響を与えていく姿なのかもしれない。私から見れば橋本さんは『artisan』そのものに映ったのだった。