023_Litを灯すもの

words :

Kensuke Iwai

 橋本左研のオリジナルの土壁『Lit』。その壁が施された場所は、不思議と空間の中に入る自然光が乱反射することで、従前の土壁特有の重苦しさはなく、まさに“lighting”つまり「軽さ」と「明るさ」という二つの意味を持った風合いを感じることができるはずだ。そして、土壁本来の有機的なテクスチャーとそこから感じる静のリズムは、特別華やかな空間でもなく、かといって粗野で簡素という具合でもなく、まさしく自分の中に誰しもが持っている中庸の感覚を呼び覚ますことができるだろう。

 

 もちろんケースバイケースということは承知の上の話なのだが、土壁に限らずオリジナルの製品を持つものにとっては、産みの苦しみというものは実はそんなに無いことの方が多い。というのも、当の本人が夢中になっているからだ。むしろそれよりも産んだものをどう育むべきなのか、どう伝えるべきか、ということに往々にして直面し頭を悩ますということが現実なのだ。橋本左研の『Lit』も今そんな境地に立たされている。

DSC01578
DSC00763
DSC02116

 普段から好意にしてもらい仕事をしている建築家からこの『Lit』を一緒に色々なところに展開していかないかという誘いを受けたそうだ。土やスサなど必要なもの、そしてその配合などを明記したレシピを丸ごとキットという形にすることで、橋本さんが各現場に実際にいなくとも、土壁を塗れる左官職人がいればさまざまな場所で『Lit』、もとい土壁の魅力を多くの方々に享受してもらえるのではという提案である。経済合理性を考えるならば、今すぐにでもそうするべきなのかもしれない。けれど、橋本さんは仮にそのようなキットを使って見ず知らずの左官職人が見ず知らずの施主に対して施す土壁は果たして『Lit』といえるのだろうかという疑問を抱えているのだった。

 

 かたや2025年の1年間の左官仕事を、施主との距離感が近かったと、その仕事の内容を振り返る。左官職人だからといって、下請け業者に成り下がらずに、現場では全てがフラットであるという橋本さんの仕事に対する姿勢がそのような状況を生んだということは言うまでもない。そのおかげもあり、一つ一つの仕事の精度、もっと言えば一つ一つの所作に対して深く取り組むことができたことが何よりもの喜びだったと語る。それは丁寧な作業ということはもちろんなのだが、些細な心配りの連続の中にあり、そうした小さな想いと仕事が結びついたことにより自分自身も日々の中での充実感が増していったそうだ。「アナログであること」「手間暇をかけること」、今のデジタル時代の中ではややもすると“非効率”といってしまわれそうなことだろう。けれどそれを手放すということは自分から幸せが離れていってしまうと、橋本さんが口にしていたことが印象に残っている。

 

 先の『Lit』に対しての答えは、言葉にせずとも明白に橋本さんの中にあるのだろう。『Lit』は橋本さんのこころと繋がった瞬間に灯るのだから。