027_見慣れた遠くの場所へ

words :

Kensuke Iwai

「道は必ずどこかに繋がっているからさ。」

 そんな言葉が飛び交ったのは、橋本左研の橋本さんが以前から借りている信州・上田の別所温泉にあるアトリエでの会話の中で、だった。このアトリエは以前から倉庫として使用していた一部分を今年に入ってから心機一転、ギャラリーのように壁を白く塗り、今後の個人的な創作活動の拠点としての空間を作った場所だった。4月の終わりの頃、このアトリエを見させてもらうのに合わせて、生粋の自転車乗りでもあり、橋本さんの恩師でもある「あゆみ保育園」の清水先生を誘い、上田市街地から別所温泉までの片道30分、自転車でサイクリングの旅に出た。

 

 数年前から橋本さんは、行きつけの美容院の方に自転車の面白さを教えてもらい、そこから自転車にハマり出した。時間を見つけては自宅のある御牧原のあたりを走ったり、左官の仕事現場まで自転車を車に積んで現場近くのあたりを走ったりと、日中だけでなく、月夜の明るい日などは夜でも構わず走り回っているそうだ。

 

 自転車は軽快で爽快だ。車では狭いし通り過ぎてしまい、歩いて行くには遠い、そんな道や場所を見つけては自転車でそこまで行き、日常の中のささやかな確かな自分の中での発見の一つにしているのだという。そんな矢先、自転車にハマり始めた数年前に自転車が壊れていて困っていた清水先生に、ひょんなことから自身の愛車の一つをプレゼントした。その時に保育園を卒園以来、数十年ぶりに恩師・清水先生との再会を果たしたのだ。それ以来、過ぎ去った年月をゆっくりと確かめ合うように、顔を合わせた折には過去を懐かしみ、お互いの考えていることや近況を話し合う。再会の時にはいつもそんな時間が流れているのだ。

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自転車で走っている姿は、その人柄や生き方をそのまま映し出す。
橋本さんは自分の出せるスピードを試したくなるようで突然スピードを出すことも。
一方、清水先生は一見慎重そうに見えて、流れを逸脱するような遊びもあわせ持つ自由人。

 小雨が降りしきる中、スタートしたサイクリング。隊列を組んで自転車で走る道は、普段、車で通った時に見慣れているはずだ。けれど誰と行くのか、そしてどう行くのかによってこうも風景を変えてくれるものかと気付かせてくれる。信号待ちでこの後の道をどう進むかなど相談していると、少し遠くの場所に遠足で向かう日常とは異なる少し冒険のような、あの頃の童心の感覚を呼び起こしてくれるものだ。

 別所温泉に市街地から最短距離で向かうと最後に緩やかだけれど長く果てしない坂が続く。車で行くならば、そのルートを通るのだが、自転車だとその道の走りやすさや坂の数など多くの条件を考えながら道を選びペダルを漕ぐことになる。幸いにも自転車乗りの嗅覚とも言うべきものを身につけた二人のおかげで難なく別所温泉のアトリエに到着することができた。

 

 若い頃から自転車に乗り続けた清水先生も、こうして隊列をなして誰かと一緒に自転車でどこかに行く、という経験は片手におさまるほどらしかった。その一方、自由気ままに自転車一台で峠を超えて一人旅に出ることは数知れず、話を聞けば湯水の如く湧いて出てくる興味深いエピソードは留まることを知らない。そんな中、出てきたのが冒頭の言葉だった。どこかに旅に出る時は、ある程度の行き先は決めるし、もちろん地図を持ってペダルを漕ぐそう。けれど、実際にその場所まで行ってみないとそこが急斜面の坂道なのか、なだらかな平坦な道なのかということは分からない。行かないと見えない世界があるということなのだ。

 

「実際にその場所に行ってみて、行けなさそうと思ったらどうするんですか?」

そうした自転車談義の最中、ふと思った疑問をぶつけてみた。

「戻ればいいじゃん。」

清水先生のあっけらかんとしたその答えにハッとさせられた。

 

 そうなのだ、どうにもできないということは、裏を返せば自分次第でどうにでもできるという可能性を自分の手中に収めていると思えばいいのだ。

 私たちは誰しも自分で決めたことやその目的にどうしても囚われてしまう。目的的に動かず、自分がその中で工夫することをただひたすら楽しむという姿勢、つまりプロセスの中を生きて行くという大切さを、清水先生とのサイクリングの束の間の会話の中で感じることができた。

 上田市街地までの帰り道、自分は一体何を価値と定めてプロセスを楽しめるのだろうか。そんなことを軽快に走る清水先生の背中を見ながら思うのだった。

 

 「早く行きたいなら一人で行け、遠くに行きたいならみんなで行け」というアフリカの代表的なことわざがある。僕たちはいつもと異なる自転車を使って、見慣れた場所だけれど、どこか遠くの場所に行けた、そんな気がした。

清水先生

半世紀弱、上田市古里にあるあゆみ保育園で保育をしている先生。
あゆみ保育園の“顔”でありレジェンドとも言うべき存在で、子どもたちに真正面から向き合う姿勢は今も昔も変わらず健在。
自転車をこよなく愛する、趣味人。