「土壁を塗る」という言葉を以前から大分使ってきているけれど、その言葉の響き以上に土壁が塗られる、もしくは土壁としてそこに現れる様子や実体はとても神秘的である。けれど多くの方はその言葉から考えられる以上も以下でもなく、実際に現象としてどのように土が壁に固まっていくのか、そのことを問われると戸惑ってしまうのではないだろうか。畑などの土仕事をした時に手に付着する土汚れがそれに近いからといって、「土を壁に塗る」の言葉通りにそのまま土に水を含ませ壁に塗りたくったら、床にダラリと垂れて見るも無惨な姿になってしまうのが関の山だろう。
土が固まることを左官の世界では『結ぶ』と表現されることが多い。土の成分同士が結ばれるには、空気中の水分や二酸化炭素と反応して硬化する性質、つまり気硬性の石灰成分が必要になる。石灰が混ざるだけでも十分なところに、さらにケイ素成分のある素材が加わると、もはや人間の力ではどうにもならないような、とても硬い素材へと変質していく。
といったように、元素記号を用いた科学的な計算式やその側面から土が固まり結ばれることを論じることはできるのだが、実際には素材同士の組み合わせや分量、その時々の温度や湿度などの環境、そして実際に手を動かす人たちの感覚など、人智ではコントロールできない部分で、その『結び』の加減がどうなっていくのかが変わってくるそう。実際に手を動かさないことにはわからないという訳なのだが、その硬くなっていく様は人間の手に及ばない自然の力に頼る部分があるからこそ面白い。




今回橋本さんの自邸の庭に建てる版築小屋。当初は橋本さん個人で進めるつもりだったそうだが、このプロジェクトに大学の土壁の構造を研究している研究者、そしてその大学の卒業生の設計士などが加わりプロジェクトがスタートした。 職人、研究者、設計士といった職種が異なる面々の視点や想いは様々。基礎の上に版築で全方位叩きつめ固めた上で、小屋の屋根をどのような素材にしていくかという議論になった時に、異なるそれぞれの分野故の不一致がそこに生まれてきた。
ボルトで屋根の木を固定するのが良いのではという意見や版築を行う時にその中に鉄骨の枠組みを埋め込むことによってより強固にしていくという意見がそこで出てきた。もちろんせっかく作るのだから、壊れないものに越したことはない。けれどクライアントもいない橋本さんの個人プロジェクトなので、あえて今回のプロジェクトのコンセプトとして『結んで解く』という土壁の起源の考えとも言える処に立ち返ることを橋本さんが希望したのだ。まさに使用する素材の無限の選択肢が広がる反面、その不自由さから解放された瞬間だった。そもそも自然のものだけで20年後に形もなくなる素材、そしてその崩れたものがその場にあっても不自然ではない自然の風景に還る素材で作ろうというところに帰結したのだ。
こうして考えると土が結ばれる時と今回のそれは近しいのかもしれない。
いくら科学的な要素としての素材や構造としての強度という正しさがそこにあっても結実しない。土であれば水、議論であれば方向性を指し示すコンセプトや指標が加わることで異素材や異なる視点が一つへと混ざり、順応、同化していくことで新たなものへと昇華していくのだ。
そして異なるもの同士が結ばれる時ほど、それらは強固なものになるに違いないのである。