022_静寂のリズム

words :

Kensuke Iwai

 橋本左研の仕事を取材している中でその仕事のはじまりから終わりまでに帯同するということはお互いのスケジュールの都合上、なかなか実現することが難しかった。取材の回数を重ね、一度はそういった現場もいつかは見たいと思っていた矢先、ありがたいタイミングも重なって、我が家の新居の寝室を橋本さんに土壁で塗っていただく機会を得た。
 しかも先日一緒に土のはじまりを取材した信州・須坂の土で作った『Lit』を使ってのことだ。私事にはなってしまうが、新居の大部分を白いペイント塗装で仕上げる予定になっていた。けれどこと寝室に限っていえば他の居室と少し異なる雰囲気、そして寝室なだけに「寝る」という行為にとことんフォーカスを当てた空間にしたいと思っていた。
 以前の取材の際に「土壁の部屋は空気が良くなる」と橋本さんに伺っていたこともあったので、今回、寝室の壁を土で塗っていただけるということは、願ってもいなかったことだったのだ。6畳ちょいの小ぢんまりとした空間に、無垢のカラマツの床以外の部分を土壁で覆ってもらうという、そんな計画だった。

 

 

 実際に土で壁を塗る前には、下地材を壁に塗りさまざまな箇所に養生を貼っていく。並行して採掘場から採ってきた土を振るいにかけて土の粒子を細かくしていく。そして振るいにかけて細かくなった土を大きな寸胴に入れ、水や消石灰とスサを混ぜ合わせた漆喰を混ぜていくと粘りが強くなっていくから、それらの素材の変化を眺めているだけでも面白い。
 どのくらいの粘りが良いのかという、その塩梅は橋本さんの手の感触、そして長年土と触れてきた職人の感覚によって決まる。その時々の温度や湿度など環境のコンディションによって変化していくから正解がないのだ。あらかた準備が整った段階で2階に位置する寝室となる場所に土を運び上げて、壁に土を塗っていく。

 普段仕事の現場を撮影や取材に行く際は、仕事の中の一部分を取材のために残しておいてくださり、そこを撮影したり和気藹々と話しながらその内容の理解を深めていく。だからてっきり今回もそんなつもりで現場に立ち会っていた。そんな思いも束の間、「さあ、どこからやるかな」と誰にいうわけでもなくそう呟きながら、そんな言葉とは裏腹に橋本さんはすぐさま土を乗せた鏝を天井に押し当てていく。

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 「ザァーッ、ザァーッ、ザァーッ」

 大工工事がひと段落し、塗装の工程だけになっていたこともあり、壁と土が鏝によって擦られる音が一際、空間の中に響き渡った。自分もその様子の一部始終を写真におさめようと「カシャ、カシャ、カシャ」とカメラのシャッターを切っていた。気がつくといつものように話をするわけでもなく、いつの間に時間が経ってしまっていた。その場所に漂うのはシャッター音と土で塗る音だけ。
 橋本さんとは、いつもであれば一つのトピックで2時間くらい喋ることもできるくらいなはずなのに、その時だけはどういうわけか、話をかけるべきではないという空気感がそこにあったのだ。緊迫した雰囲気というわけでもなく、ただただそこに鳴り響く音がある「空(くう)の中の間」に身を漂わせていたい、そんな気分だった。

 後日、橋本さんに会った時に、壁を塗っていたあの時、何を考えていたのかを問うたことがあった。すると橋本さんは「今、ここ」ということだけを考えていたかな、とはにかみながら応えてくれた。

 御多分に洩れず、出来上がった土壁の寝室は良い意味で家の中での異空間となり、日々の睡眠を快適なものへと導いてくれている。そしてその空間の中で目を閉じれば今もまだあの静寂のリズムを思い出すのだ。

鏝(こて)

左官が材料を塗りつけるための道具。職人の手の延長ともいえ、塗りつける内容や場所によって様々な種類の鏝を用いて作業に勤しむ。