021_大地の記憶

words :

Kensuke Iwai

 何事もその源流つまりはじまりの素材までを辿ってみると、現場では見えてはいなかった景色や本質的なところを目にするということがある。料理人であれば食材などの野菜や家畜をお世話しているファーマーなど。辿った先にいわゆる生産者という存在があるのであれば、そこを訪ねることが一番手っ取り早い。それでは、左官となればどうであろうか。

 左官の土壁に関しても、その材料に使用する土が一体どこからくるのかということを考えみると、そもそも土というものはどのように作られているのだろうか、という疑問にぶつかることだろう。左官職人が活躍している建築現場で、壁に塗られる材料としての土を見たとて、左官職人自身や泥コン屋さんがダンプに積んできた土を見るのが関の山だろう。それは言ってしまえばただの土なのだ。一体、土の生産者は、誰なのだろうか。

 

 そんなことを思っていると、タイミングよくそんな機会に恵まれた。向かうは北信・須坂の里山。この場所と橋本さんとの出会いは、この付近を車で走行中にきれいな赤褐色の山肌が顕になったところを見つけ、その色に惹かれて橋本さんが思い切って訪ねたところから始まる。大規模土木工事などで使用する造成用の土を主に採掘している現場で、果たして市井の左官職人にその土を使わせてもらえるかもわからなかったが、意を決して飛び込んでみたところ快く仕入れさせてもらえることになったそうだ。以来、版築などなどの土をその山から分けていただき、橋本左研の大切な表現の礎の土となっている。

 さて、今回はその土をベースとした橋本左研オリジナルといっても過言ではない土壁シリーズ『Lit(リット)』の源流を探る旅に同行させてもらった次第である。この『Lit』をはじめて内装として使用したのが先般の版築で地層を表現した軽井沢のRestaurant Naz。そのオーナーから内装イメージとして見せてもらった、どこかの海外のショップの一枚の写真からインスピレーションを得たそうだ。そのショップの内装には土壁が施されていたのだ。日本で土壁という言葉からイメージする質感は、古民家を彷彿とさせる粗野で、どことなく少し重厚感や暗さを伴うものだろう。かたやその写真に写る海外のものは、より明るい色調でそれ故に軽快さが土の表情から感じ取ることができたそう。このイメージを見た時にこの採掘場の土が真っ先に浮かんできたそうだ。

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岩とも土とも言い難い塊は赤茶けた山肌から崩れ落ちたのも。大地の記憶を宿したその断片に触れ、人間の想像の遥かに超えた年月に想いを馳せる。

 『Lit』は英語のスラングで「灯す」ことも意味する。ちょうど年始に仕事をよくしている新津技建の面々と一緒に石川・能登の被災地を訪ねた。その際に立ち寄った和蝋燭屋の趣きを見て、被災地で一灯の蝋燭が灯されるようなところを想像し、自らの仕事ややるべきことも、目いっぱい明るい光よりも、こうした小さな優しい光を灯し、こころを温めるような生き方をしたいと思い、この『Lit』を後押しするきっかけとなった。

 

 葡萄畑を眼下に、登山にも近しい急斜面を登っていくと、我々よりもはるかに大きな岩石とも似ても似つかないような、山肌に出くわす。赤茶けたその山肌には松の幼い芽が至る所に芽吹いてはいるものの、植生は単一的。その場所は里から地続きのはずなのに、限られたものたちだけがそこでの生息を許されているようなところ。自ずと自然への畏敬の念が立ち上がってくる不思議なある種、“果て”のような場所だった。

 普段使っている土がどのような場所から採掘されているのか、橋本さん自身も興味津々だったのだろう、徒歩で到達できるその頂が近づくにつれ、足取りが次第に軽くなっていく。嬉々として岩肌を削り、その土の源流である鉱石を砕くその様は冒険の最中で秘宝を見つけ何かの物語に出てくる少年そのもの。

 遠目では赤茶けた色合いだけれど、実際に手にした土の始まりともいえる鉱物を観察してみる。定説の土の起源は、岩石が風化したものに地衣類や有機物の苔の遺骸が混ざり合ったものといわれているものの、酸化が進み燻んだ錆色や赤銅色が混ざった単一色で言い表せない複雑性を帯びた自然物のありのままの姿があり、その定説以上の何かがそこにはあった。

 それが何なのかは未だよく分からない。けれどその土がこの場所から始まり、この風景を見続けていたことはきっと確かなことだろう。そしてこのエリアに広がる葡萄栽培に欠かせない燦々と降り注ぐ太陽の陽射しを浴びた記憶もまた然り。

 土は悲しいかな、自律的にどこへも移動することは叶わない。けれど、この場所で採掘された土を使い『Lit』として橋本さんがこの大地の記憶という灯火を広げていくことだろう。

Lit

須坂の土をベースにした橋本左研オリジナルの土壁。英語のスラングで「灯す」ことも意味し、この土壁が施された場所に小さな明かりが灯るようにと想いを込めている。