008_Maruで生きる

words :

Kensuke Iwai

 ここ最近、橋本左研の橋本さんとの話のトピックはもっぱら生活と仕事のバランスについてだ。生活のスタンスと仕事のスタンスが近ければ近いほど、そのストレスが少ないということは容易に想像できるのではないだろうか。言い方を変えれば『私』と『社会』との接続や折り合いをどうつけたのかということが日々の充実感にも繋がっていくのかもしれない。

 左官という技を使って、世の中にモノを生み出しているけれど果たしてモノができれば良いのだろうか。そんな疑問を抱えながら橋本さんは日々の仕事に向き合い続けている。こうした疑問は何も橋本さんに限ったことではないはずだ。誰しも『私』と『社会』との関係性の中で一つや二つ悩みがあるのではないだろうか。ことインターネットやSNSなどにより情報化社会が進み関係性が見える化していると思いきや、見る必要のない“非現実な”ところも見えてしまい逆に複雑化してしまっているところもあるはずだろう。

 そんな折、モノづくりへの想いと技術の関係性、土という素材と想像/創造との関係性を改めて考えてみるためにジャンルの異なる分野で活躍しているクリエイターに話を聞こうと考えた。そこでまず思い浮かんだのが、佐久市・平賀で『MaruCafe』という飲食店をきっかけに地域との繋がりを生み出している柳澤真理さんだった。

 橋本左研との繋がりは『MaruCafe』が2023年に一棟貸しの宿『awai』を立ち上げた際に橋本さんが宿の内壁を土で施したことがきっかけになった。その見た目は土ならではの重厚感を感じられるのだが、木摺りで小舞を作っているため壁に手を触れてみると中に程よく空洞があるのを感じ、見た目ほどその触感は重さを感じることはないだろう。あらためて中に入ってみると、橋本さんはこんなことを何気なく呟いていた。

「自分が手をかけたということが信じられないくらい、当時のことはほとんど記憶にない」

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 自分が土壁を塗ったこと、その感覚すら思い出すことができないほど施工当時は素材である土と『今、ここ』に向き合い、その作業に没頭していたのだろう。けれど、その空間に一歩足を踏み入れば、見えない何かに包まれているようだと宿泊者の方たちが口を揃えてそう言ってくれるのだと微笑みながら真理さんは宿泊者の方たちの様子、そして空間の実感を満足そうに教えてくれた。

 そう、この包まれている感覚というのが、真理さんと話をしていると共通項のように感じるのだった。自分が料理人として厨房に立つ飲食店としての『MaruCafe』、農家さんなどさまざまな作り手が混ざり合うマーケットである『MaruCafe商店』、そしてそれを滞在という形で表現した『awai』など、すべてに一貫して関係性がシンプルでかつその循環の中で小さな幸せや大きな何かに包み込まれた安心感を感じることができるはずだ。先に述べた通り、“仮想”空間が現実になりつつある今だからこそ、その小さな循環がその場でリアルに感じられるということも嬉しいところだ。

 そんな真理さんに冒頭の『私』と『社会』の折り合いについて疑問を投げかけてみると、「どこまでを自分と捉えるかで、それが広ければ広くなるほど楽になるかも」と応えてくれた。自分が使いたいという食材はなく、その時に揃えられる旬の食材でできる料理を作り、それがきっかけとなって来てくれた人たちの会話が生まれたり、その地域のことに思いを巡らせてもらう、そんなすべてが回り回ってその人たちの栄養になって笑顔になって欲しい、そんなシンプルな『Maru』が思い浮かぶ。
 『MaruCafe』をスタートして2024年で10年、こうした想いを当初から想い描いていたというから驚きだ。自分が調理した料理も食べる人たちに手を離して委ねることができる、これは『MaruCafe』で扱う野菜などを生産する農家さん、生産者さんたちへの敬意と信頼の表れに他ならない。

 等身大で立ち振る舞い、包み込むようなスタンスやマインドで描いた数々の『Maru』を実践する真理さん。

 次回以降、そんな真理さんと想い、素材、これからについてインタビューを交えながら考えていきたい。

MaruCafe

昭和30年代に祖母の薬局だった建物を仲間と共に改装し、2014年に夫婦で小さな飲食店「MaruCafe」を開く。繋がりのある生産者や職人が手塩にかけた地域の食材を組み合わせ、素材の魅力を伝える料理を提供している。
2016年に2軒隣りの空き家を取得し、ワークショップスペースと菓子、惣菜工房「MaruCafe商店」に改装。自家栽培小麦のクッキーや、地元のエゴマを入れた粒マスタードを製造・販売。毎週金曜日には量り売りや生産者直売をテーマにしたマーケットも開催。
縁あって2023年に「MaruCafe商店」に隣接した空き家を全面改装した一棟貸しの宿「awai」を開店。宿を拠点に、地域の仲間たちと連携した都市と農村を結ぶ「もうひとつの場所づくり」に力を入れている。