004_ただ、そこにある風景

words :

Kensuke Iwai

「その野菜がどのようなところで育ったのか知りたい。」

 橋本左研の橋本さんと話をしているといつも最終的にそんな話に行き着くことが多い。どのようなことがきっかけで、橋本さんがこうした考え方に行き着いたのかわからないが、それは橋本さんだけに限ったことでもない。近年私たちが全世界で同じ状況となった未曾有のパンデミック騒動。
 この騒動が拍車をかけ、住む場所、そこでは何を着て、どんな食事をするのか、誰と過ごすのかといった衣食住の自分たちの生活の根本を省みる時間が自ずと増えていった。そしてその時間が増えれば増えるほど、こうした衣食住の基本の部分を整えていくことが、日々の充実、さらには人生の豊かさに繋がっているということに気づいた方々も増えてきているのではないだろうか。

 今がそういったことに目を向ける時代なのだと言ってしまえばそれまでなのだが、こうした変遷は私たちが日々の生活を何十年も積み重ねてきた集積で、それが今、転換期を迎えているということは揺るがない事実なのだ。そしてその考え方は消費する側だけでなく、生産する側としても同じこと。どのような素材を選び、組み合わせるのか。その素材がもし期待するような質感として感じられなかったら、自分でそれを探しに出たり栽培を行い、手と目をかける作り手の方たちも次第に現れるようになってきた。

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小舞に土を塗りつけ、粗壁の仕上げとして土を固定するために縦上に藁を入れていく。
この作業を一歩引いて見てみると、壁に田んぼを再現しているように感じる。
左官は人間が作り上げた空間に自然のエレメントを加える仕事なのだろう。

 こうした思考は自分の身近な、いや自分自身の身体に近くなる食や衣服などを通じて行動へと変化していることだろうが、こと衣食住の「住」はいかがだろうか。高度経済成長を経て、日本固有の建築工法を有する木造建築から鉄筋コンクリートのマンションが所狭しと、建ち並ぶ中、その建物を建設した工務店でもない限り、そこに住まう人たちが自分たちを覆う素材がどこからやってきたのかを知る由もない。そうしたことに目を向けるきっかけとなったのが、橋本左研が手がけた軽井沢の小屋別荘だった。

 

 この小屋別荘の施主はスイスやスペインを拠点に世界的に活躍している3D/CGデザイナーのダニエルさん。彼の要望で壁には今や珍しくなってしまった「土壁」が採用された。「土壁」とひと言でいってもその種類は様々なのだが、こと日本のそれに関しては、高温多湿で四季がある気候や国土の三分の二を森林が占めている日本の風土を反映した木造建築とともに育まれてきた。
 伝統的な木造は、自然石の上にそのまま柱を立て、梁や貫などと組み合わせた木組を基本構造とし、水平垂直の線で構成している。そのため、石やレンガを積み重ねた壁を構造とした組積造に比べて耐震性に優れた構造となっている。地震大国の日本ならではの知恵である。そしてこの日本の木組の木造建築の壁として発達したのが、「小舞」を下地にした「土壁」というわけなのだ。

 

 鏝で均一に塗られた「土壁」は、外からの光をしっとりとスポンジのように吸収し、柔らかな光として屋内の心地よさを演出してくれるのだが、この「土壁」が出来上がるまでの過程に誰も知らない美しい風景がある。中でも「土」を塗りつける前、つまり「小舞」だけの状態は特に視覚的な美しさを纏っている。この「小舞」は竹やヨシなどの細かい材を間隔を開けて配置し、藁などでからげて格子状にしたもの。柱と柱、あるいは柱と貫の間など、木組みの間の空洞を「小舞」で埋め、そこに「土」を塗りつけていくという訳だ。
 軸の素材となる竹で設た格子状のまだ何も施されていない「小舞」だけの空間は、素材が織りなす優しさと緊張感がある。一つ一つの竹は不均一なのにそれらが整然と均一に、そして有機的に整頓された風景がそこにあり、その中に佇むと日本人ならではの美の琴線に触れるような凛とした静謐な空気感がそこに生まれる。完成された家の中では、もちろん「小舞」の間に「土」が塗りつけられ、さらにその上から漆喰が施されればその姿はほぼ一生、日の目を見ることはない。この感覚を味わうことができるのが、職人としての特権なのかもしれない。

 

 信州ではこの「小舞」の素材としてヨシが、そして軸になる部分には竹が使われることが多いそうだ。その理由を問えば、「ただ、そこにあるから。」ということだから潔い。畑の脇の竹藪から状態の良い竹を選び、そこにある土を捏ね、最後には土を塗りつけた壁に藁を入れ発酵を促すことで土と土が接着し壁を一体化させ「土壁」となっていく。

 

竹に土が塗りつけられて藁が入れられ、合点がいった。
そうなのだ。これは日本の田園風景だったのだ。
誰も見ることのないその美しい風景は、
誰もが目にしたことのある、いつの時代にもあるこころの風景だったのだ。

小舞

「小舞」とは、土壁用の下地のこと。木舞と書かれることがある。柱の間に貫を貫通させ、縦横に細く加工した竹やヨシを使って格子状に編み込んで下地にし、藁などでからげて格子状にしたもの。柱と柱、あるいは柱と貫の間など、木組みの間の空洞を「小舞」で埋め、そこに「土」を塗りつけていく。