016_和む人

words :

Kensuke Iwai

 『和を以て貴しとなす』

 これは聖徳太子が十七条憲法の第一条に記した言葉ということは、多かれ少なかれ誰しも頭の片隅くらいにはあるのではないだろうか。「何事も、人々が仲良く協力し合うことが最も大切である」という意味を含んだ言葉で、この『和』という言葉こそ、日本人が古来から持つ精神性を端的に表しており、聖徳太子はそれを第一条として謳ったところは、非常にあっぱれである。

 一人で完結できる仕事は大変限られており、世の中にある仕事の大半は自分の仕事の先にお客様がいたり、次にバトンを渡すべき人たちが待っていたりと、自分の周りに他の人は必ず存在している。どの仕事もそうなのだが、こと左官に至っては一人で完遂できることはかなりの至難の業のように思う。

 というのも材料の主となる土は、そこここに存在する身近なものだけれど、それがひとたび塊になれば人の力では到底太刀打ちできないような重量が生じてくる。そしてその土を塗り固める段となれば、作業中に素材が成形した状態のまま意図せずすぐに固まってしまう。
 時間との勝負という訳だ。うかうかしていられない。だから鏝板に土を盛り、それを速やかに職人の手元に寸分違わず差し出すという役割の人は、実はとても繊細さが求められ大事な役割を担っているのだ。盛る土の量を一つとっても職人一人一人、その塩梅というものが違うだろうし、鏝で土を塗る作業はある種の職人ごとに異なる独自のリズム感を伴って塗りつけられていくのだ。まさしく、阿吽の呼吸でないと同じ作業であってもずっと疲れてしまうことは想像できるだろう。当の左官職人であってもそうした方たちの協力なしでは、いい仕事というものには程遠くなってしまうのだ。

 

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2024年秋某日。東洋大学の研究室チームの学生たちや有志の仲間が版築小屋の現場に集まり、土を叩き詰める作業を行なった。この日も橋本さんは『和』の中心で参加者たちの熱が帯びる状況を作り出していた。

 橋本さんの現場に度々足を運んでみると、気がつくことがある。
 真摯に土壁に向き合う左官職人としての姿勢はもちろんなのだが、それ以上に特筆すべきことは、他の職人さんたちとの距離感が絶妙なのだ。だからといって八方美人のように誰に対しても一定の距離を保って卒なく接するということではない。熟練した職人さんであればその方の息子のような言葉を投げかけ、自分よりも年下の方であれば善き兄貴分としての会話が繰り広げられる。
 まるで土の材料に欠かせない水のようだ。それぞれ特徴の異なる土に順応するが如く、それぞれの人柄の特性に合わせて自身が水の如く順応し浸透していくという訳なのだ。そうした光景は、顔見知りの多い現場だけではなく、自身が初めて入る現場でも、時間が経つにつれてその関係性は育まれ終わってみれば、あたかもそこがはじめから橋本さんのホームグラウンドであったかのように色々な職人さんたちに声を掛けて和気藹々とした状況がそこに生まれてくるのだ。だから橋本さんが現場に立ち入るとそこには『和』が生まれ、そうしたことが互いの信頼関係を確かなものへと変化させていくのだろう。

 さて、橋本さんが自邸の敷地内に建てはじめた小屋はまさしくこの『和』の精神がないと完成に辿り着かない。というのも外壁に採用した工法が『版築』だからだ。木材を組み合わせて枠を作りそこに土と石灰を混ぜたもの材料となる土を叩き詰める。そして土が固まり固定化された状態になったらその木枠を外し『版築』の土壁になるというシンプルな工法。そのため必然と頭数が求められ、多くの人の協力無しには実現しない工法なのだ。その『版築』の作業を一人で行うということになれば考えただけで途方に暮れることになるだろうし、きっと『版築』を諦めて小舞を使ったりした別の手法を取り入れることになるだろう。
 幸いなことに今回は東洋大学の研究室がフィールドワークの一環として橋本さんの版築小屋に着目してくれて、そこの研究室の学生たちやその仲間がこの『版築』の作業を手伝ってくれることになったのだ。そうと決まれば話が早い。持ち前の『和』の精神で、現場に集まった学生や有志のお手伝いさんたちを束ねて、ひたすら作業に没頭する時間が自然にその場に生まれたのだ。

 橋本さんは『結』と名付けられた。日本における『結』は田植えや屋根葺きなどの一時的に多大な労力を要する際に行う共同労働のことであり、まさしく先に論じた多くの方たちの協力のもと一つのことを成し遂げる『和』の精神が自身の名にも刻まれているのだ。名は体を表す、というのはこういうことなのだろう。

 先にあげた聖徳太子が建立した法隆寺。ここには日本最古の左官現場があり、中には版築仕上げの壁も存在するのは果たして偶然のことなのだろうか。

聖徳太子

古墳時代後期〜飛鳥時代の皇族・政治家。、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図ったことはいうまでもないが、寺院建築史上大きな存在であったことに由来することから、建築、木工の守護神として崇められている。